なないろ日記 ~りんごの国から~ 

読書・折り紙・エコたわし作り・お絵かき・展覧会 あれもこれもと、七色にコロコロと襲い来る趣味との戦いの壮絶な記録!!

『カエルの楽園』百田尚樹著 読了

2016年2月23日発行の新刊

『カエルの楽園』が平安堂の入口に平積みされていた。
誰が書いた作品なのか知る前に、表紙のギュスターヴ・ドレの絵に心掴まれた。

 

ラ・フォンテーヌ寓話より「王さまを求める蛙」の挿画だ。

 

内容紹介

最大の悲劇は、良心的な愚かさによってもたらされる。
ベストセラー作家が全力で挑んだ、衝撃の問題作。

安住の地を求めて旅に出たアマガエルのソクラテスとロベルトは、豊かで平和な国「ナパージュ」に辿り着く。
そこでは心優しいツチガエルたちが、奇妙な戒律を守って暮らしていた。
だがある日、平穏な国を揺るがす大事件が起こる――。

著者自らが「私の最高傑作」と断言。
大衆社会の本質を衝いた、G・オーウェル以来の寓話的「警世の書」。

(本著内容紹介より引用)

G・オーウェルと言えば、「動物農場」などと比較してるのか?
これは、実に興味深い。

表面のカバーを外すと、そこにも美しい装幀の技が施されていて「新潮社装幀室」のセンスの良さに溜息が出る。

百田尚樹の作品は、『ボックス』以外は読了しているほど次から次へと出せば読むを続けているヒイキの作家だが、ここ最近は、首を傾げる作品が多くて様子見な状態での新刊。表紙からして私の好み!しかも、題名のなんとなく寓話っぽくて素敵。
(カエル好きだから・・・)
ただ、気になったのは、それに対しての帯のドギツサ!
赤と黒で太字に百田尚樹とデ~ンと品の無いソレには、「これは、私の最高傑作だ!」とか「全国民に問う、衝撃の結末。」「大衆社会の本質を衝いた、寓話的「警世の書」」などと見た目とっても下品でいただけない。

なんといっても、ギュスターヴ・ドレに失礼じゃないか。

とはいえ、おっちゃんの性格も踏まえて作品のファンの私は中身をチラチラと覗いてみた。すると、挿絵がなんとも可愛い。

これもドレ?と挿絵は誰だと確認すると

挿画 百田尚樹

なんですって?おっちゃん、絵も描くんだ。しかも、繊細なタッチで素敵だよ。

 

今年初の単行本購入を迷うことなく、この『カエルの楽園』に決めてしまったのは、ギュースターヴ・ドレと、今度こそは!と百田のおっちゃんの再起に期待をかけた願いからだった。

こんな話だったよ

主人公はアマガエルのソクラテス。生まれ育った国を追われ、安住の地を求めてたどり着いた平和の国は、ツチガエルの「ナパージュ」。そこには、三戒という平和のボルトのような存在の思想がある。

1「カルを信じろ」2「カルと争うな」3「争うための力をもつな」

その思想を唱え続ける権力者デイブレイクが君臨していた。三戒だけではなく、過去の過ちに対して「謝りソング」を歌っては自分たちは本当は恐ろしいカエルなんだ!だから、三戒で封じこめ、平和を持続している・・・
そんな、奇妙な哲学に陶酔しきっている恐ろしさ。

ナパージュも、ウシガエルに虎視眈々とロックオンされているのだが、三戒があるから攻めてこない、攻めてきても話し合いすれば大丈夫!と、三戒を盾に安心しきっている。しかし、本当の姿はスチーム・ボードという過去の戦で負けた相手に南を警備してもらっているという実態があった。
ツチガエルの中にもハンニバル兄弟といった屈強な戦士がおり、攻めてくるウシガエルを「この先は、踏み込むな。これ以上、こちらに来たら容赦しない」と、大きな体を大きく鼓舞して全力で阻止していた。しかし、三戒の元で平和に暮らしたいツチガエルたちは、ハンニバル兄弟もスチームボードも争いを引き起こそうとしている悪者として排除してしまう。すると、どうだろう?結末は無残にも・・・
そんな三戒に異議を唱えるものたちも現れる。プロメテウス。
ツチガエルにそっくりで、ナパージュに先祖代々暮らしているがエンエンの国のヌマガエルのピエール。ツチガエルに間違えられると激怒する、ナパージュよりエンエンの方が素晴らしい国だと言い「ナパージュのカエルは残酷なカエル」と憎みながらもナパージュで暮らす。
憎まれ嫌われ者のだらしない放言癖の激しい、反社会的なハンドレット。

 

ナパージュ・・・日本
ツチガエル・・・日本人
ウシガエル・・・中国
ヌマガエル・・・在日朝鮮人
スチームボード・・・米軍基地
ハンニバル兄弟・・・空陸海自衛隊
プロメテウス・・・安倍総理
ハンドレット・・・著者(百田)

三戒・・・9条だとか、集団的自衛権など
*私の勝手な予想で当てはめてみた。

 

 

寓話的「警世の書」なんかじゃないな。
これは、先に出版した新書の「大放言」の帯で「炎上覚悟。」と言いたい事を、文字に乗せて放出した百田氏が、これでもか!と、寓話仕立てであたかもG・オーウェル気取り、「かもめのジョナサン」風情に決め込んで素敵なドレの表装をまとって世に送り出したイニシャルトーク本に思えた。

 

おすすめ?

百田尚樹をヒイキしてる私は最も危惧している事が起きてしまった。
彼が表現の自由をはき違えて小説の世界を安易に土足で好き放題に寓話すらも蹴散らかしてしまったことだ。

百田のおっちゃん、「あんたら、俺がわかりやすくカエルに仕立てて教えてやるよ。日本て国は、こうなってんだぞ!」みたいな、底意地悪さが滲み出ているように感じてならなかった。私だけ?

歴史認識とか、確かに著者の言ってる事に同意する部分もあるんだけれど、こんなやり方は違うと思うんだ。(宮部みゆきさんの作品とか、遠回りさせながら想像させる余白が欲しい)

直接的でない間接的な情緒豊かな優れた言葉の旋律に乗せた「想像する余白」を残した小説で表現をすることは難しいのかもしれない。

「カエルの楽園」のような作品ならば、小説家でなくていい。

おっちゃんは、取材力が優れていて「風の中のマリア」のようなオオスズメバチの帝国を舞台にした壮大な世界で読者に蜂の気持ちがわかる魔法をかけた。「プリズム」では精神世界の崩壊による非現実的な世界に足を踏み入れさせ、「影法師」では、こんな男になりたい!と憧れ、永遠の0では、平和を強く願う気持ちを奮い立たせる素晴らしさ。本屋大賞を受賞した「海賊と呼ばれた男」では、古き辛い苦しい昭和の日本のリーダー論に懐かしさと薄れつつある義理人情に涙したり、「夢を売る男」では出版業界の暴露を目の当たりにするといった、多種多様な方面の衝撃と感動を私に与えてくれた。

 「殉愛」あたりから、もうダメかもと、見放すつもりが「フォルトゥナの瞳」で、もしや?復活か?と期待をしてイマイチで、いきなり新書の「大放言」でストレス発散したんだな~、とまだ寛大に構えていた。

「カエルの楽園」が新書で出て、ドレの挿画を使ってなかったら、買わずに高額な単行本を図書館で借りていたら、私はここまで失望しなかったと思う。

 

ただ、読んで良かった。やり方は間違っているかもしれないが、おっちゃんが言いたい事は、もうわかっていたから、内容も結末もバレバレだけったけど、現在のおっちゃんの精神状態がココにあって、この先、以前のような小説はしばらくは書けないんじゃないかと見切りをつけるのに十分だった。

これは、 私の勝手気ままな読書感想文であって、何様?な文章も私が文才の無い素人だからである。ただ、こんな風に百田尚樹氏の作品を読んでいる人間もいる。

「大放言」では、図書館に新刊は1年は置かない英断を求めた百田尚樹氏。私は、なるほどごもっともだ!と、それからは彼の作品を購入して読むように心掛けている。だからこその辛口な感想文だったのかもしれないが、この作品に感銘を受けた方には気分を害してしまった事だろう。

作中の三戒を唱えるツチガエルのように、皆が同じ方向を向いてる不気味さが、作品に対する感想が自分と違っていた時の不快感や、表現に対する神経質なまでの感情のヒートアップといった不思議な現象が、ツチガエルにかなり似ているなぁと発見して驚いた。

ちなみに百田尚樹氏は「大放言」でネットでの呟きで叩かれた現象についても言及していたなぁ。やれやれ


 

 

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