なないろ日記 ~りんごの国から~ 

読書・折り紙・エコたわし作り・お絵かき・展覧会 あれもこれもと、七色にコロコロと襲い来る趣味との戦いの壮絶な記録!!

『田園発 港行き自転車』上・下 宮本輝著 読了

『縁』の物語

私は、学生時代に長野県から東京へ上京した。
当時は、新幹線ではなく特急「あさま」碓氷峠を越える時には横川で補助機関車を連結していた。
もうすぐ軽井沢だ・・・
すると、一気に車内に冷気が吹き込み窓の外には浅間山のすそ野が広がって見えた。


そんな時は決まって、涙が込み上げてくる・・・なぜだろう?

 私は、そんな故郷への思いを浅間山で推し量っていたのだが、それを「地縁」と呼ぶのか?

『田園発 港行自転車』の舞台は、富山県下新川郡入善町黒部川から物語が動き出している。

 故郷の土地の縁・血のつながりの血の縁・仕事で出会った人々との仕事の縁

 

「仕事で知り合った人の奥さんが親戚だった。東京で、ふるさとの同じ友人と出会った。そしたら共通の友人がいて驚いた。」

奇跡と呼ぶには、あまりに日常的で、それでも出会えた事は本当は奇跡なんじゃないか?とふと思うことって無いだろうか?

他人だと思って見過ごしていた縁が、突然繋がり始め動き出した心温まる物語。

あらすじ

富山県の滑川駅の前に残された一台の自転車。「秘密」を残したまま自転車メーカーの社長である「父」は急死してしまった。15年後、絵本作家となった「娘」は意外な出会いをきっかけに、父が残したものを辿ることになる。そこには、出会うことのなかった人々との奇跡なような命のつながりがあった。


「ぼくのことをすきになってくださいね」


五歳の男の子から絵本作家に届いた一通のファンレター。
時を超えて、そこの思いが輝きを放ち始める。

美しく豊かな富山の地を舞台に人々の絆を描き出す。

富山・京都・東京、三都市の家族の運命が交錯する物語

 

書き出しにやられた!

宮本輝さんと言えば『錦繍』の書き出しが印象的な作家だ。

「前略 蔵王のダリア園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で、まさかあなたと再会するなんて、本当に想像すらできないことでした。」

川端康成の『雪国』の書き出しより、私は『錦繍』の濁音で韻を踏んでる書簡形式の一文がとても魅力的で好きだ。

 

『田園発 港行き自転車』の書き出しも、どうしたって期待してしまう。輝りん♪どう来る?って。

 

今回もやられた・・・

 

私は自分のふるさとが好きだ。ふるさとは私の誇りだ。何の取り柄もない二十歳の女の私が自慢できることといえば、あんなに美しいふるさとで生まれ育ったということだけなのだ。

 

東京に出て働いていたが、どうにもこうにも水が合わないのか元気が吸い取られて本来の自分を失ってしまった脇田千春は、東京を後にして故郷へ帰る決心をしたのだ。

3ページあまりを使った書き出しは、少し喋っては考え込み、次に続く言葉を訥々と口にし、また語り続けるといった送別会の礼を述べる挨拶が書かれていた。

 

ここから一気に物語へ突入し、数多くの主役級の登場人物に出会いながら富山の自然を満喫し本の中で知り得た人々の縁を結びながら読み進めていく。

 

富山、行ったかも

輝りんは、私をすっかり富山の入善や愛本橋へと連れてってくれた。こんなにも、風景描写が脳裏に浮かび上がるのは何故だろう?

そして、読み終わってから、実際に富山に足を運びたい衝動が止まらなくなる。
輝りん読みの猛者たちは、きっと小説を訪ねる旅に出ているに違いない。

ゴッホの「星月夜」

作中にはゴッホの「星月夜」が頻繁に登場する。その絵を私は一度だけ見ていた。

[フリー絵画素材] フィンセント・ファン・ゴッホ - 星月夜 (1889) ID:201304111700

どうにも、ぐるぐると目が回る晩年の厚塗りの作品には、富山の美しい風景と人々の心の闇のような深いテーマが転がっているように思えてならなかった。

 

ラフマニノフ

父からのプレゼントの万年筆を自分仕様に作り上げる道具に柔らかい砥石が登場する。
そこには、「ラフマニノフ」という文字を書く。その文字だけを書いて仕上げていく。

文具好き、ラフマニノフ好きな私には、その両方を兼ね備えたお題が転がっていてびっくりこいた!

今後、ボールペンやシャーペンの試し書き(万年筆ではないのか?)では「ラフマニノフ」と書くと強く心に誓った。

自転車

自転車と表題にあるように、作中には自転車に関連する人々や自転車そのものが登場する。自転車が好きな人には、「おお!」と唸るような自転車が登場するのであろうが、私はママチャリ専門で、しかも大人になってからはほとんど乗らないので「おお!」は「ふ~ん」な程度であった。
けれども、二人乗り自転車の後ろに乗って、前で濃いでくれる人に全てを任せて楽をしよう!と黒い気持ちが芽生えたのは内緒だ。

輝りんは、きっとサイクリングをしながら、自然豊かな土地を巡るのが好きなんだろう。まるで自分が自転車に乗っているような疑似体験をして、太ももがパンパンになったのは、輝りんの文才があってのことだと感心した。

 

終わり方

上下巻と長編のこの作品の終わり方は、きっと賛否両論あるのだろうと予想する。
こんなに長いこと読んで、最後に胸を締め付けられるような悲しみがそこにあったとしたら・・・それは、ちょっと嫌だよ。


ところが、この作品は、そうじゃない!登場する人が皆そろって優しい。

 

想像の余白をぼんやりではなく、くっきりと残して物語の「縁」が動き出したまま終焉している。

 

ありがとう!この先は、自分が物語を作ってみよう。そう顔を上げて本を閉じた。

友人から借りた本

輝りんを本読み達に布教している友人から借りた本だったが、文庫化したら購入したい。何度か読んで、酔いしれたい。この友人に出会わなければ、私がこれほどまでに好みの作家に出会えたかどうか・・・
これもまた「縁」なんだと、輝りんが笑ってうなずいていそうだ。

貸してくれた友人は、2円切手10枚を栞にしていたらしい・・・
栞、返さなければ・・・(笑)