『わたしを離さないで』ドラマ カズオ・イシグロ原作本を読まずに観る
TBSドラマ開始 「わたしを離さないで」金曜日よる10時~
綾瀬はるか主演でカズオ・イシグロ原作「わたしを離さないで」がスタートした。
私は、録画をしてあり観るかどうかを随分と悩んでいた。
本が好きな私にとって、好きな小説が映画化されたりドラマ化されると複雑な心境になるものだ。
原作の世界観を大きく壊してしまっていないか?
この世界観というのは、私が原作を読んで勝手に作り上げたものである。
私が、この「わたしを離さないで」を読了していないタイミングでのドラマ化にあたって、今回ばかりは観ないで済ませる事がどうしてもできなかった。
二日我慢した・・・
でも、ダメだった。無理だ!我慢できぬ。
ならばと初心を曲げて、原作を読まずして観てしまおう!と決意し録画の第一回を観る事にした。
ネタばれはしない
なないろ日記では、順序だってストーリーを紹介したりキャストの詳細を書いたりするのはやめておこう。
おそらく、「わたしを離さないで」と検索かければ、わかりやすく解説してるブログは沢山あるだろうし、私は、そうした事が苦手で結構めんどくさい記事になってしまいそうだ。(笑)
ただ、「原作を読まずして観る」に徹した姿勢で感想を勝手に述べてみる。
原作を読まずして観る
本好きな者にとって、「原作を読まずして観る」というのはある種の高いハードルでもあるが、一番高いハードルを「原作を読んだのに観る」である。
本が好き!な仲間には、この一番高いハードルが邪魔をしてドラマを観れてない方とても多い。
もしも、「原作を読んだのに勇気を出して観てしまった」方がいたら、その方の投稿を同じ立場になってから読んでみたいものだ。
で、私は、「原作を読まずして観る」なスタイルで、初回から夢中になってしまっている。
なぜならば、作品のテーマがかなりヘビーな重量級であるからだ。
人間が科学の発展で手に入れたもの
最初の場面は、臓器移植である。
臓器の提供を果たした提供者である何者かのバイタルが低下した時、もう「四度目だからいいんじゃないか?」と、執刀医らの軽い言葉で放置される。
そして、無表情で登場するのが綾瀬はるか演じる保科恭子である。
彼女は感情をどこかに置いてきてしまったのか?
まだ、息のある提供者に注射を打ち、始末してしまう。
そのまま焼却・・・・
そんな、ショッキングな場面からスタートしたこのドラマ。
臓器提供・・・
数十年前に、長野県松本市にある信州大学第一外科において「生体肝移植成功」のニュースで日本中が沸き起こった頃に、私は背筋が凍るほど恐怖を感じたものだ。
臓器の病気で治療の道が臓器移植だとして、移植は生身の人間からである。
いずれ、この臓器移植という最先端医療が世の中の闇の場所で巨大な病巣となって襲いかかる日が来るだろうと思っていた。
提供者の幼少時代
ショッキングな最初のシーンの後に、ドラマは保科恭子(綾瀬はるか)をはじめとする提供者である者たちが、日本のとある場所で、保護観察下の元に特殊な教育をされている様子が続く。
子ども達は、週に一度身体検査が行われ、社会科の授業が「こころ」の授業にすり替えられている。
そこで、私が想像するのは、母や父親がいない試験管ベイビー達が戸籍をもたずに、政府の機密施設において収容され外の世界を知らない子どもを臓器提供のために飼育しているのでは?と、恐ろしくも現実にあるかもしれない恐怖をそこに観てしまう。
ほつれてボロボロの洋服が、揃いもそろってグレーな子ども達に寒い違和感を感じる。
小説の表紙のカセットテープ
この小説は、単行本も文庫本もカセットテープが表紙で有名だ。
初回では、子ども達が成績や素行に応じてもらえるコインで外部からくるリサイクル品を購入できる時がある。
いじめられっ子で最初のシーンで臓器の提供をされた?した?土井友彦(三浦春馬)が幼少時に恭子にCDをプレゼントする。
ブルーなジャケットでは、外国の女性が煙草の煙をくゆらせている。
タイトルは『Never Let Me Go』これ、わたしを離さないでっていう意味かな?
(これは、この作品中での歌らしい)
音楽室で、恭子と友が早速CDをかけてみる。友が何だか意味のわからない英語の歌に、体が自然に動かされ気持ちよく踊り始める。
それを観ていた恭子もつられて、枕のようなものを抱いて踊る。
まるで、赤ちゃんを抱いてあやして踊るような場面があった。
もし、この子たちがクローンだとしたら、その後は自分の子どもに恵まれることはどうなんだろう?悲しいけど、恋愛とかもできないのでは?
そんな、悲しい気持ちにさせるシーンだが、彼女たちは幸せそうに気持ちよさげに揺れながら踊っていた。
小説の表紙、違っちゃう?マズい?
えっ?
だとしたらだよ・・・
この『Never Let Me Go』のCDが原作ではカセットテープなんじゃないのかな?
古い作品だから、レコードからカセットにダビングしたとか、もしくは、リサイクル品がそもそもカセットテープだったとか。
恭子は、そのプレゼントされたカセットを大事に何度も何度も聴いて母性を胸にしまって感情の無い使命に生きた物語なのでは?
と、想像したら、現代版のCDにしちゃったのはマズいんじゃないか?
オロオロ・・・・
あの表紙が、本当になんていうか、作品の顔みたいなとこあったから、ちょっとその後の展開が心配になってきた。
つうか、そもそも、私は読まずして観て、ちょっと観ただけで深く想像しすぎているのか?
綾瀬はるか
特に好きな女優ではない。
紅白の司会では、天然ぶりを発揮させ共演者をハラハラさせていても、全く動じない彼女が物珍しくて「なるほどね~、あはは」な感想だけな私だが、女優としては何かが降りてきてるのだろうか?感情を失くした恭子を見事に演じていた。
ほっぺが赤くなって目が輝く表情って生きてる人間の特権だったのか?と懐かしくなるような、「心死んでる」人間の表情はこうだ!と、投げつけられた。
読まずに観た後に読む事を誓う
原作は、海外が舞台であり、ドラマは日本が舞台となっている。
このドラマを見終わった後に、私はすぐさま原作に取り掛かるだろう。
まるで、少し前に読んだ「『罪と罰』を読まずにして読む」三浦しをん・岸本佐知子・吉田篤弘・吉田浩美の読書会と少し似ている。